子育て、仕事をしながらつれづれなるままに日々書き留めていきたいなあと思っています。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by kaeichi
 
[スポンサー広告
懐かしい友人(真面目なので読みたい人のみご覧ください)
6月4日 3月の震災後、偶然高槻でであった高校の後輩に「また5月に」と約束をしていたので

今年は何があっても行こうと決めていた。5月…それは高校の一つ下の後輩で私の後の

部長もしてくれた(私が部長だったため私の一存で彼に決めた)○○やんの命日だ。

そう、あれは私が結婚して一週間後、幼馴染の師匠(あだな)から突然の電話。

「○○やんが死んだ、お通夜と葬式に来てやってほしい」前にも書いたけど

私の周りでは結構若くして亡くなる友人がいる。すぐに理解はした、けれど結婚して

まだ一週間、当時向こうの両親と完全同居していた私は正直両親に言い出しにくかった。

でも旦那さんが「大事な友達やったんやったら行ったらいいで」と言ってくれたので

行くことにした。実家の母のほうが「帰って来て大丈夫?」と心配したけれど…

切なかった、○○やんは超まじめな性格でなんでこのクラブに入ったのかもわからなかった

ほど。(どんだけいい加減なクラブだったんだ??いや、ほんとにおバカなことばかり

していたクラブでした)しかも7月に結婚も決まっていて順風満帆、これから!

というときに「過労死」。まじめすぎる彼らしいかもしれないけれど祭壇で笑っている

彼の顔を見て本当に残念でならなかった…。久しぶりに高校の後輩たちがそろい、

彼のお父さんがお通夜のあとの親戚だけでの食事会に私たちも来てほしいと招いてくれた。

その時初めてお父さんから彼が高校でこのクラブを選んだ理由を教えてもらった。

真面目で、ホントに「ド」がつくほど真面目な彼は学校の勉強も、お父さんに薦められて

やっていた剣道もきちっとこなしていたらしい。でも高校に入った時、お父さんに

「高校に入ったらおれの好きにやりたい」といって意外にもこの私たちがやっていた

真面目とは程遠いいわゆる世間で言うところの軽音部的なクラブへ入ったとの事だった。

家族も本当に意外だったらしく「正直ビックリしましてね~本当にやりたかったことは

そうだったんだと初めて知って…」とお堅い仕事をされているお父さんだけあって面食らった

らしい。だからこそ高校の時の彼は心底楽しかったようで「あれが彼にとって人生で一番

楽しかった時代なんじゃないかと思う、だからみんなにはこの場に来てもらって、色々お話したかった」と

話してくれた。…みんな涙が出た。もちろん私達にとっても高校の頃の思い出は余りに楽しすぎて

よく「30歳になってもこんなことしてるんかな~」「絶対こんなあほなことばっかりして

みんな変わってへんで~」とか夜中にアメリカ村や梅田界隈を男子はなぜかパンツ一枚と靴下、

靴のみで「これが俺の正装や」とかわけわからん事言って走ったり(今から思うと

ほんとにアホ丸出しですな、捕まるぞ)高校生ながら無茶苦茶だったけどやっぱりあれが青春って

やつかな、と感じる時代でした。私の場合はそれからまたさらにバンド時代に突入してもっと

色んな事があったんだけど…。それから毎年、この命日近くなると決まったメンバーで

○○やんの家に仏前参りに行こうと決め、彼が一年に一度高校の時を思い出す、みんなに会う

きっかけを作ってくれたんだと思うことにし、毎年何人かで行っています。ただ、みんなそれぞれ

仕事もあり、家庭もあり毎年同じメンバーではなかなか難しいので私も去年、おととしと

行けてませんでした。(5月はGWで実家に長く帰るのでまたすぐ行く、というのが難しい)

でも今年は震災後Kに会った偶然もあり、久しぶりにみんなにも会いたかったので少し

無理をして帰りました。いつものメンバーで一人仕事で来れなかったでかちゃん(背が高いので

このあだ名なのだ)をのぞいては6人揃って久しぶりの再会、以前も書いたかもしれないけど

Gackt似だった師匠は…かんなりお肥りになっていてGacktの面影もない…

二年ぶりでこうも変わるのか!?バンド時代のファンが見たら泣くぞ!!ってな感じ。

仏前参りの後はいつもみんなでお喋り会。もうみんなアラフォーにもかかわらず私の事を

「先輩」と呼ぶのはやめてほしいんだけどな~しかも高校生になる娘がいる子もいて私よりも

人生の先輩だったりする…でもやはりみんな高校時代に戻ってあの頃の話をするのが楽しい。

本当に楽しかった、夢が一杯で何でもできる気がして、でも何も考えてなくて馬鹿なことばっかり

して怒られて、でもこうやってみんなに会えて元気をもらってる。誰かが言った。

「これはいくつになるまで続けるんかな?」「ずっとちゃう?」「○○やんの両親大丈夫かな?」

「ほんなら○○やんの両親が生きててくれる限りかな?」「いや、亡くなったとしても毎年会おうや」

「そうやなぁ、会いたいなぁ」男3人に女4人の計7人。

本当に貴重な人の縁、みんなに出会えたことがすでに私の誇りになっていってる…。○○やんの

分まで、みんなで大事にしていきたい。

スポンサーサイト
Posted by kaeichi
comment:0   trackback:0
[その他
comment
comment posting














 

trackback URL
http://kaeichi.blog134.fc2.com/tb.php/127-ccfd91dc
trackback
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。